ワイナリーの始動から1年ともに歩むパートナーたち 2009:03:02:17:35:49
2009.03.02 【ワイナリー誕生物語】
安曇野ワイナリーが、本格的な再生に乗り出してから丸1年が経過した。昨年の暮れには自社醸造ワインの第3弾、「メルロー・ロゼ」も発売。安曇野の地に根をおろし、1歩ずつ歩みを重ねている。一方で、少しずつ広がっているのが地域での交流。ジャンルは違えども「より良い品質のものを作りたい」と志を同じくする農業家などの〝仲間〟とのつながりを紹介する。

世界一の味を目指す高山村の角藤農園
高山村は標高400から700mの緩やかな傾斜が続き、多品種のブドウ栽培に適した場所。3年前、建材販売会社の角藤が開園した8・5 ha の高山農場の場長に就任した佐藤宗一さんは、長年にわたり大手酒造メーカーとの契約農園で培ってきた技術を買われた栽培家である。
12月の終わり、冬支度をしている農園に訪れた安曇野ワイナリーの小林龍義支配人が、自社醸造ワインの第3弾「メルロー・ロゼ」を手渡すと、佐藤さんは「もう出来たの?」と驚きながらも笑顔を見せた。
メルロー・ロゼは、この農園で初めて収穫された2008年産のブドウを元に造られた角藤農園第1号のワインである。
20歳で家業の農家を継いだ佐藤さん。大手酒造メーカーが指定する品種のブドウ栽培を手掛けていたものの、当時、「納得できるワインの味ではなかった」と、垣根式で栽培する欧州系のピノノワールとシャルドネの栽培を自らかって出た。その後、出荷したシャルドネが1997年に世界ワインコンクールで金賞を受賞。それまで試行錯誤を繰り返してきた栽培方法に確信を得た。3年前には佐藤さんが指導者となって「高山村ワインぶどう研究会」も発足し、村おこしに取り組んでいる。
戸川工場長の醸造技術を知り、「早く良いブドウを提供して、ワインコンクールで金賞を取って頂き、高山村がワインぶどうの名産地であることを実証したい」と思いを託す佐藤さん。角藤農園と安曇野ワイナリー、互いの思惑は高いところで一致した様子だった。
国内屈指の紅玉を栽培 長和町の農夫と農婦
「紅玉」と「ピオーネ」では国内屈指の栽培面積を誇る長和町の農家・山崎猛さんは、16年前、一念発起してサラリーマンから農家に転身。山梨・勝沼でブドウ栽培を学ぶなど各地の農業視察や、自家製堆肥の研究などで研究を重ね、農業を確立してきた。マスターソムリエの高野さんの紹介で山崎さんの紅玉を知った小林支配人と戸川工場長。試食の段階で酸味と甘みの絶妙なバランスに「感動を覚えた」という。
まず最初に山崎さんに案内された上田市塩田地区は、かつてブドウ栽培がさかんだったところ。しかし農家の高齢化にともなって衰退し、廃園になっている農園も多い。訪れたブドウ畑は樹木をH型整枝にした珍しい樹形。一般的なブドウ棚は上空から見てXの文字を描く形だが、ここでは作業効率の良いH型で栽培がおこなわれていた。「良いブドウが出来るはずです」と話す山崎さんに、戸川工場長も「ワインにしたら味わいが違うはずですよ」と頬を緩ませた。

続いて山崎さんが案内したのは日当たりの良い約1haの畑。「ここには戸川さんの造りたいワインのためにブドウの木を植えたいね」との言葉に、山崎さんの新たに始めようとしているブドウ栽培への期待は膨らむばかりだ。
リンゴ栽培に情熱を注ぐ 三郷の小林農園
小林農園は安曇野ワイナリーの南隣に接するリンゴの専業農家。1・8haの広い農園で、「つがる」や「信濃スイート」、「名月」などの品種を作るほか、およそ70aで「ふじ」の栽培をしている。りんごの栽培には土づくりをはじめ枝木の剪定作業や摘果、葉摘みなど時節の作業があるが、小林農園では先代から受け継ぐ「早め早めの作業」が美味しいりんごを実らせる秘訣という。
「ふじ」が色づき始めたころ、同農園の「信濃スイート」を食した小林支配人は、蜜がのったジューシーな味わいに惚れ込み、「ぜひワイナリーで販売させてほしい」とショップで試食・販売を始め、2月には「小林農園 ふじ100% リンゴジュース」を発売する予定だ。自家農園の単独果汁では初めてのりんごジュースに「今季のりんごの出来は良いので楽しみにしています」と心待ちにしている園主の小林正さん。リンゴ農家との販売協力が進められ、園主の小林さんは「新しいワイナリーが観光の拠点となるよう応援していきたいと思う」と話す。

エコフィードに取り組む 三郷の安曇野牧場
安曇野ワイナリーと同じ安曇野市三郷地域にある安曇野牧場は、およそ1haの敷地で約500頭の乳牛などを飼育している大規模な牧場。ワイナリーでは、工程のなかで出る果実の絞りかすの効率的な処理についてマスターソムリエの高野豊氏に相談したところ、紹介されたのが同牧場の黒田章社長だった。
ワイナリーの小林支配人から最初に「ブドウの搾りかすを牛の飼料として活用してもらえないか」という問いかけに、初めは少し戸惑いを見せた黒田社長。

1992年の創業以来、牛の飼料はトウモロコシや大豆など輸入飼料だったが、昨年の輸入穀物の価格高騰は黒田社長にとっても大打撃だった。そんななか、ワイナリーからの提案があったのだ。絞りかすは栄養価も低くて飼料に適してはいなかったが、近年、発酵技術が向上し、ブドウには糖やアミノ酸が含まれることからエネルギー値が高いことが知られており、酵母菌のリグニンは消化性を高め、牛の内臓にとっても負担が少なくなることが見直されている。
「地球環境を考えた時、これからは地域の資源を見直したエコフィード(食物残さの飼料)に取り組んでいかねばならない。」と黒田社長。
安曇野牧場では現在もエコフィードを給与しているが4月からは、おからをメインに醤油すやブドウの搾りかすを使った発酵飼料作りのプロジェクトも立ち上げる予定となっている。
ブドウの堆肥作りに挑戦 三郷の津村農園
ブドウの搾りかすを堆肥化して利用しようという取り組みも始まっている。5年前から安曇野で有機栽培農家を営む津村農園の津村孝夫さん、寿美さん夫妻である。小林支配人が知人を通じてワイナリーレストランのシェフとして紹介されたのが寿美さん。すでに結婚を機に農業に転身していた寿美さんが、夫婦で有機無農薬栽培に取り組んでいることを知ったのがきっかけになった。
孝夫さんは20歳から養鶏に携わり、青年海外協力隊としてアフリカでの農業支援を経てIターン。現在はアイガモ農法の稲作をはじめ、トマト、エゴマなどを中心に約150aの田畑で農作物を作り、味噌や醤油、油なども自家製でまかない、自給自足の生活を送っている。
津村農園のトマトジュースはワイナリーのショップでも扱っており、安心安全な原料と濃厚な味わいが好評。これまで畑ではキノコの残さや鶏糞を堆肥化して使用していたが、昨秋からブドウの搾りかすを加えた堆肥化に取り組んでいる。ブドウに含まれる有機酸が微生物を増殖し、土を肥沃にする効果も見込まれることから「まずはトマトで試験的に使用してみたい」と孝夫さん。地元の資源を使った循環型農業の実践を含め、将来的には「専業農家1本で十分に食べていけることをアピールしていきたい」と、信念を持って取り組んでいる。
5組の就農家との出会いに、小林支配人は「みなさんの仕事に対する思いに損得ではない情熱を感じ、圧倒されます」と語り、かけがえのないパートナーとしての思いを共有している。
この記事は(株)まちなみカントリープレス出版のKURAに掲載されたものです。

ワイナリーの第2弾、「コンコード2008」が醸造家・戸川英夫氏と小林龍義支配人が見守る中、瓶詰めされていく。長年醸造に関わってきた戸川氏でも瓶にワインを詰めるまでは毎回緊張の連続なのだと言う。「クリアで雑味のないワインづくり」を使命とするワイナリーだけに、醸造タンクでの出来が良くても、瓶に詰めた状態、言い換えれば消費者が口にする段階での仕上がりがもっとも気になるところなのだ。透明感のある赤い色とフレッシュな香り、見た目そのままに新鮮な味わいのワインである。

第1号のワインは9月下旬、県内の契約農家で収穫されたナイアガラ品種から「NIAGARA 2008」がつくられた。今年の早春、小林龍義支配人が農家1軒1軒の方とぶどう栽培、ワイン造りについて話し合い、〝健全で質の高いワインづくり〟に賛同いただいた農家と契約し、ブドウの栽培をお願いした。収穫時期前には、各圃場をまわり発育状況を確認し、病気の有無や糖度など、独自に設けた健全で安全な品質規格に基づいてチェックし、収穫日を決め、仕込んだワインである。夏の終わりは雨量が多い時期もありワインの出来具合が懸念されたが、スタッフから笑みがこぼれるほどクリアなワインに仕上がった。

オープニングの日、樫山宏社長を筆頭としたワイナリースタッフとマスターソムリエ高野豊氏、長野県と安曇野市の行政関係者、ワイン協会関係者、創設に関わった各業者等、約70名が参列してテープカットが行われた。ワインショップ・売店では自社製品をはじめ、長野県産のワインが取り揃えられ、テイスティングも可能。県外からの観光客に対応できるお土産も充実している。セレモニーのゲストが新しい施設を見学している中、醸造家の戸川氏がブドウ畑を見つめていた。安曇野ワイナリーの畑にはダムの底からさらったという白い砂が敷き詰められている。メインのゲストハウスの前庭のようにブドウ畑が広がるが、まるで砂浜の上一面にブドウの木が整列しているように見える。「この白い砂の反射が精度の高い健全なブドウを育てるんです」。戸川氏は砂を手に取り、愛おしむようにブドウの房を見つめていた。灼しゃく熱の太陽の下、若い苗木は萎れることなく元気に葉を広げていた。この日、3000本のブドウの苗木をワイナリーに納めた志村葡萄研究所の志村富男氏もお祝いに駆けつけていた。志村氏はマンズワインで国産ワイン創世記から日本の気候土壌に合うブドウ栽培技術を切り開いてきた人物だ。「この場所の気候はとてもいいですね。水はけが良くて日照時間が長い。ブドウには最良の環境です。カベルネ・ソーヴィニヨンを作ったらいい味が出るでしょう」と志村氏はこの場所の可能性を評価した。取材陣や来客の対応に忙しい樫山社長は「長野県全体のワイナリービジネスが連携して活性化し、長野県から世界に発信できるような仕組みを皆で作っていけたら何よりうれしい」と精密機械業でグローバル展開している企業トップらしいビジョンを語った。セレモニーの会食がお開きになった頃、ようやく小林龍義支配人がつかまった。ワイナリープロジェクトスタートから半年、全力で走ってきた感想を聞いた。「ゴールじゃなくて、ようやくスタートが切れた感じです。スタッフは畑もやるしサービスもする。とにかく最初は全員で頑張りますよ」とすっかり日焼けした顔をほころばせた。








